ラブレー
フランソワ・ラブレーは1494年ごろフランス西部シノン近郊に生まれた。若いころフランシスコ会修道士であったが、禁じられたギリシア語の書物を研究して咎められ、ベネディクト会に移り、ついには修道院を離れてモンペリエで医学を学び、リヨンの市立病院の医師となった。ギリシア語、ラテン語、法学、医学、神学に通じた当代屈指の博識家で、エラスムスと文通し、ヒポクラテスやガレノスの著作を刊行した。「アルコフリバス・ナジエ」という筆名で『ガルガンチュアとパンタグリュエル』を出版すると、ただちにパリ大学神学部の断罪を受けたが、民衆には大いに喜ばれた。