新渡戸稲造
新渡戸稲造は1862年、盛岡藩士の家に生まれた。札幌農学校在学中に洗礼を受けてキリスト教徒となり、「太平洋の橋とならん」と志した。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学とドイツに留学し、アメリカ人のメアリーを妻とした。京都帝国大学教授、第一高等学校校長、東京女子大学初代学長を歴任し、1920年から七年間、国際連盟事務次長を務めた。その肖像はかつて五千円札にも描かれた。1899年、アメリカで療養中に英文で『武士道』を書き、日本人の道徳観念を西洋に説明した。
新渡戸稲造は1862年、盛岡藩士の家に生まれた。札幌農学校在学中に洗礼を受けてキリスト教徒となり、「太平洋の橋とならん」と志した。アメリカのジョンズ・ホプキンス大学とドイツに留学し、アメリカ人のメアリーを妻とした。京都帝国大学教授、第一高等学校校長、東京女子大学初代学長を歴任し、1920年から七年間、国際連盟事務次長を務めた。その肖像はかつて五千円札にも描かれた。1899年、アメリカで療養中に英文で『武士道』を書き、日本人の道徳観念を西洋に説明した。