サルスティウス
ガイウス・サルスティウス・クリスプスは紀元前86年ごろサビニ地方のアミテルヌムに生まれた。カエサルの支持者として護民官やアフリカ属州総督を務め、在任中に巨額の富を蓄えたとして告発された。カエサルの死後は政界を退き、ローマに名高い「サルスティウス庭園」を造り、歴史の著述に専念した。トゥキュディデスを意識的に手本とした簡潔で警句に富む文体で、ローマ貴族の貪欲と腐敗を痛烈に批判した。タキトゥスは彼を「ローマ史の最も輝かしい著者」と呼んだ。
ガイウス・サルスティウス・クリスプスは紀元前86年ごろサビニ地方のアミテルヌムに生まれた。カエサルの支持者として護民官やアフリカ属州総督を務め、在任中に巨額の富を蓄えたとして告発された。カエサルの死後は政界を退き、ローマに名高い「サルスティウス庭園」を造り、歴史の著述に専念した。トゥキュディデスを意識的に手本とした簡潔で警句に富む文体で、ローマ貴族の貪欲と腐敗を痛烈に批判した。タキトゥスは彼を「ローマ史の最も輝かしい著者」と呼んだ。