施耐庵
施耐庵は元末明初の人で、1296年の生まれと伝えられ、祖籍は蘇州、のちに興化の白駒場(現在の江蘇省大豊)に移り住んだという。進士に及第して銭塘で二年間官に就いたが、官界の腐敗に嫌気がさして郷里に帰り、門を閉じて著述にふけったとも、張士誠の幕府に仕えたともいわれる。その生涯を伝える史料はきわめて少なく、事績の多くは後人の記述や伝説による。一般に、宋元以来の宋江ら三十六人の蜂起をめぐる話本や雑劇をもとに『水滸伝』を書いたとされる。
施耐庵は元末明初の人で、1296年の生まれと伝えられ、祖籍は蘇州、のちに興化の白駒場(現在の江蘇省大豊)に移り住んだという。進士に及第して銭塘で二年間官に就いたが、官界の腐敗に嫌気がさして郷里に帰り、門を閉じて著述にふけったとも、張士誠の幕府に仕えたともいわれる。その生涯を伝える史料はきわめて少なく、事績の多くは後人の記述や伝説による。一般に、宋元以来の宋江ら三十六人の蜂起をめぐる話本や雑劇をもとに『水滸伝』を書いたとされる。