タゴール
ラビンドラナート・タゴールは1861年カルカッタの裕福で開明的なバラモンの家に、父の十四番目の子として生まれた。学校を嫌ってほとんど正規の教育を受けず、主として家庭教師と兄たちから家で教えを受けた。八歳で詩を書きはじめ、十七歳でイギリスに渡って法律を学んだが、卒業せずに帰国した。のちに父の命で東ベンガルの一族の所領を管理し、ガンジス川の支流を舟で行き来して、農村と農民の生活を深く知った。四十歳のときシャンティニケタンに学校を創設し、これはのちにヴィシュヴァ・バーラティ大学へと発展した。1913年、自ら英訳した『ギーターンジャリ』によってアジア人としてはじめてノーベル文学賞を受賞した。生涯に二千を超える歌を作り、そのうちの二曲はそれぞれインドとバングラデシュの国歌となった。中国を訪問し、中国の文化人とも深い交流があった。