ヴィクトル・ユゴー
ヴィクトル・ユゴーは1802年フランスのブザンソンに生まれた。父はナポレオン麾下の将軍で、幼年時代は父に従ってイタリアやスペインを転々とした。十代で詩のコンクールに入賞し、二十歳で最初の詩集を出し、二十八歳のとき戯曲『エルナニ』の初演が劇場でロマン派と古典派の激しい衝突を引き起こして、ロマン主義の勝利を告げた。翌年『ノートル゠ダム・ド・パリ』を出版した。若いころは王政を支持していたが、しだいに共和派へと転じた。1851年ナポレオン三世がクーデターを起こすと人民に抵抗を呼びかけ、失敗後は二十年近く国外に亡命し、その大半をイギリス海峡のガーンジー島で海を前にして執筆に過ごし、『レ・ミゼラブル』をそこで完成させた。1870年に帝政が崩壊するとパリに帰り、英雄のような歓迎を受けた。彼の死に際しては二百万人が葬列に加わり、パンテオンに葬られた。