エドガー・アラン・ポー
エドガー・アラン・ポーは1809年ボストンに、旅回りの俳優夫婦の子として生まれた。三歳にもならないうちに父は家を出て母は病死し、ヴァージニア州リッチモンドの富裕な商人ジョン・アランに引きとられて、イギリスとアメリカで教育を受けた。養父との仲は険悪で、ヴァージニア大学は賭博の借金のために中退し、のちにウェストポイント陸軍士官学校に入ったが、わざと規律違反をして放校となり、以後養父と決裂して、雑誌の寄稿や編集でかろうじて暮らしを立て、生涯貧窮に苦しんだ。二十七歳のとき、わずか十三歳の従妹ヴァージニアと結婚したが、十一年後に彼女は肺結核で亡くなり、悲嘆にくれた彼は酒に溺れた。1849年10月、ボルティモアの路上で意識が混濁した状態で発見され、数日後にわずか四十歳で世を去った。死因はいまも謎である。推理小説の父、近代短篇小説の創始者の一人とみなされ、ボードレールとフランス象徴主義全体に深い影響を与えた。