オスカー・ワイルド
オスカー・ワイルドは1854年アイルランドのダブリンに生まれた。父は著名な眼科・耳科医、母は詩人であった。ダブリンのトリニティ・カレッジとオックスフォード大学モードリン・カレッジで古典学を学んで優秀な成績で卒業し、「芸術のための芸術」を唱える唯美主義運動の代表的人物となった。華やかに装い、機知に富んだ警句を次々に繰りだし、講演のためにアメリカに渡ったときには税関吏に「申告するものは、私の天才のほかに何もない」と言ったと伝えられる。喜劇『真面目が肝心』などはロンドンで上演されて大評判となった。しかし名声の絶頂で、同性愛のために「重大な猥褻行為」の罪で有罪となり、二年間の重労働刑に服して、すっかり名声を失った。出獄後はフランスに流れて偽名で暮らし、貧困と病に苦しんで、四十六歳でパリの安宿に死んだ。